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12月12日、平成20年の今年の漢字は「変」であると、清水寺森清範貫主の揮毫で発表された。
変革、変化、変調、変動、変貌など大変な年であったことを象徴している。つまり、その「変」は、明るい希望をもたらす「変」ではなく、「事変」にも似た「変」のように小生は感じている。
偽装、偽物の虚偽に終わった昨年、更に不信は増長し、信用できるものは自分しかないと知らされた今年、出口の見えない中での世界中の変化は、来年に何をもたらすのであろうか。
誰もその予測さえつかない、誠に変な年で終わろうとしている。
辞書を引くと、「変」とは「おち」と読み、「もとにかえること」とあった。
妙に納得し、ふるきを訪ねることにした。正に温故知新である。
一文字世相漢字は数えて14年目を迎え、すっかり現代歳時記となっている。
京都には、時を経ても変わらずに淡々と行われている行事が多くあり、出掛ける先には事欠かない。
翌13日は、事始である。事始とは正月の準備を始めだす日である。
準備は様々であるが、まず、くる年の神様である歳神様(としがみさま)をお迎えする為の煤はらい、煤はきであるが、これは薪が燃料であった時代の習わしの名残である。
また、この日に門松やお雑煮を炊くための薪など、お正月に必要な木を山へ取りに行く習慣もあった。
今も京都では、お歳暮を贈るのもこの日からである。
今は、花街や旧商家などでしか使われていないが、13日は正月準備の皮切りで遣ることが多いことから、京言葉で「御事多さん(おことうさん)」という挨拶を交わす。
その「おことうさんどす」の声が聞けるだろうと、祇園甲部へ向かうことにした。
祇園の芸舞妓が石畳に格子戸の町並みを往く、その歩く姿見たさである。
師匠宅やお茶屋さんなどに挨拶まわりをする彼女らの道中、出入りを眺める訳である。
祇園新橋の辰巳神社前に差し掛かると、黒山の人だかりである。
人だかりはというと、カメラを持つ人達がほとんどで、車も通れないくらいである。今年は特に多い。おそらく、NHKの連続テレビ小説「だんだん」の所為であろう。まるで、写真撮影会さながらである。
白川に架かる巽橋を往く着物姿の列、小生はこれを新橋の袂から写真に収めたいのだが、見物客や自称カメラマンらしき者が橋に腰を掛けている。
儘為らぬと、新橋、新門前界隈をぐるぐると歩きながら、芸舞妓の挨拶まわりを待つことにした。
朝陽を受けたお茶屋の引き戸の開くのが見えた。
小生の立位置からは少し離れている。姿は見えるが、挨拶の声は聞こえない位置である。
その茶屋の前も、既にカメラ軍団が占拠し、その辺りを仕切っている様子の年配者は写真家のようである。
辰巳神社の北側に、新橋通から新門前通に通り抜けられる路地がある。
ここもポイントであるが、粘り強く陣取っているカメラが両通りの出入り口にも並んでいる。
そこを通る自動車のクラクションが、けたたましく鳴り響く。
仮に、カメラが鉄パイプであったらと想像すると、恐ろしくなるほどである。
自動車が正しいのか、通行止めにしていないのが間違いなのか、判断に戸惑う点ではあるが、祇園の事始の花街も変わったものである。この分なら、見物料や撮影料を支払う時がやってきても、可笑しくはないだろうと思う。
それでも、綺麗どころの姿が見えると、気分は一転して、和んでくる。
祇園事始めの、いの一番は京舞井上流へのご挨拶である。
家元井上八千代宅への挨拶が、これからか済ませたかは、歩く芸舞妓の手元を見れば分かる。新しい舞扇の入った箱を携えていれば、京舞お家元への挨拶を済ませている標となる。
続いて、謡、三味線、鼓太鼓などの師匠宅や日頃お世話になっているお茶屋などなどと、ご挨拶まわりは続くのである。
お弟子さんから井上流家元に贈られた鏡餅を前に、家元からお弟子さんにご祝儀として舞扇が手渡される様子を、誰でもが見ることはできないが、艶やかな着物姿だけではなく、是非、この習わしの心根を映しとり、伝えて貰いたいものである。
もう正午を過ぎている。天神さんに向かうことにした。
大福梅が授与される初日で、朝八時半からである。一週間以内に授からないと、終い天神の日では無くなってしまい、授かれないことが多い。
この大福梅は、芽出度く新年を迎えた元旦の朝、祝膳として初茶の中に入れ、招福息災を願って飲む京都の習わしである。村上天皇の御代(951年)より千年以上も続いているものだ。
小生は、北野天満宮の梅林で採れた梅であることの有り難さと、歴史に残る縁起物として、大福梅に屠蘇、祝い箸を毎年授かっている。
冬紅葉が残る天神さんの陽射しは眩しく、ゆったりと時が流れていた。
来年の干支に因んだ丑に縁のある北野天満宮への、新年の初詣は普段以上に相当な人出になるであろうことを考え、鎮座している丑の写真を撮っておいた。
20日には東西両本願寺で、21日には八坂神社で、「煤払い」がある。
事始の風物歳時記巡りは、まだまだ堪能できる。
おことうさん (京に癒やされて)
http://kyoto-brand.com/read_column.php?cid=5059
舞妓の四季 祇園事始め (祇園商店街振興組合)
http://www.gion.or.jp/gion/maiko/05_fuyu_02.htm
北野天満宮
http://www.kitanotenmangu.or.jp/top.html
八坂神社
http://web.kyoto-inet.or.jp/org/yasaka/index.html
【参照リンクには、現在なくなったものがあるかもしれません。順次訂正してまいりますが、ご容赦ください。】
変革、変化、変調、変動、変貌など大変な年であったことを象徴している。つまり、その「変」は、明るい希望をもたらす「変」ではなく、「事変」にも似た「変」のように小生は感じている。
偽装、偽物の虚偽に終わった昨年、更に不信は増長し、信用できるものは自分しかないと知らされた今年、出口の見えない中での世界中の変化は、来年に何をもたらすのであろうか。
誰もその予測さえつかない、誠に変な年で終わろうとしている。
辞書を引くと、「変」とは「おち」と読み、「もとにかえること」とあった。
妙に納得し、ふるきを訪ねることにした。正に温故知新である。
一文字世相漢字は数えて14年目を迎え、すっかり現代歳時記となっている。
京都には、時を経ても変わらずに淡々と行われている行事が多くあり、出掛ける先には事欠かない。
翌13日は、事始である。事始とは正月の準備を始めだす日である。
準備は様々であるが、まず、くる年の神様である歳神様(としがみさま)をお迎えする為の煤はらい、煤はきであるが、これは薪が燃料であった時代の習わしの名残である。
また、この日に門松やお雑煮を炊くための薪など、お正月に必要な木を山へ取りに行く習慣もあった。
今も京都では、お歳暮を贈るのもこの日からである。
今は、花街や旧商家などでしか使われていないが、13日は正月準備の皮切りで遣ることが多いことから、京言葉で「御事多さん(おことうさん)」という挨拶を交わす。
その「おことうさんどす」の声が聞けるだろうと、祇園甲部へ向かうことにした。
祇園の芸舞妓が石畳に格子戸の町並みを往く、その歩く姿見たさである。
師匠宅やお茶屋さんなどに挨拶まわりをする彼女らの道中、出入りを眺める訳である。
祇園新橋の辰巳神社前に差し掛かると、黒山の人だかりである。
人だかりはというと、カメラを持つ人達がほとんどで、車も通れないくらいである。今年は特に多い。おそらく、NHKの連続テレビ小説「だんだん」の所為であろう。まるで、写真撮影会さながらである。
白川に架かる巽橋を往く着物姿の列、小生はこれを新橋の袂から写真に収めたいのだが、見物客や自称カメラマンらしき者が橋に腰を掛けている。
儘為らぬと、新橋、新門前界隈をぐるぐると歩きながら、芸舞妓の挨拶まわりを待つことにした。
朝陽を受けたお茶屋の引き戸の開くのが見えた。
小生の立位置からは少し離れている。姿は見えるが、挨拶の声は聞こえない位置である。
その茶屋の前も、既にカメラ軍団が占拠し、その辺りを仕切っている様子の年配者は写真家のようである。
辰巳神社の北側に、新橋通から新門前通に通り抜けられる路地がある。
ここもポイントであるが、粘り強く陣取っているカメラが両通りの出入り口にも並んでいる。
そこを通る自動車のクラクションが、けたたましく鳴り響く。
仮に、カメラが鉄パイプであったらと想像すると、恐ろしくなるほどである。
自動車が正しいのか、通行止めにしていないのが間違いなのか、判断に戸惑う点ではあるが、祇園の事始の花街も変わったものである。この分なら、見物料や撮影料を支払う時がやってきても、可笑しくはないだろうと思う。
それでも、綺麗どころの姿が見えると、気分は一転して、和んでくる。
祇園事始めの、いの一番は京舞井上流へのご挨拶である。
家元井上八千代宅への挨拶が、これからか済ませたかは、歩く芸舞妓の手元を見れば分かる。新しい舞扇の入った箱を携えていれば、京舞お家元への挨拶を済ませている標となる。
続いて、謡、三味線、鼓太鼓などの師匠宅や日頃お世話になっているお茶屋などなどと、ご挨拶まわりは続くのである。
お弟子さんから井上流家元に贈られた鏡餅を前に、家元からお弟子さんにご祝儀として舞扇が手渡される様子を、誰でもが見ることはできないが、艶やかな着物姿だけではなく、是非、この習わしの心根を映しとり、伝えて貰いたいものである。
もう正午を過ぎている。天神さんに向かうことにした。
大福梅が授与される初日で、朝八時半からである。一週間以内に授からないと、終い天神の日では無くなってしまい、授かれないことが多い。
この大福梅は、芽出度く新年を迎えた元旦の朝、祝膳として初茶の中に入れ、招福息災を願って飲む京都の習わしである。村上天皇の御代(951年)より千年以上も続いているものだ。
小生は、北野天満宮の梅林で採れた梅であることの有り難さと、歴史に残る縁起物として、大福梅に屠蘇、祝い箸を毎年授かっている。
冬紅葉が残る天神さんの陽射しは眩しく、ゆったりと時が流れていた。
来年の干支に因んだ丑に縁のある北野天満宮への、新年の初詣は普段以上に相当な人出になるであろうことを考え、鎮座している丑の写真を撮っておいた。
20日には東西両本願寺で、21日には八坂神社で、「煤払い」がある。
事始の風物歳時記巡りは、まだまだ堪能できる。
おことうさん (京に癒やされて)
http://kyoto-brand.com/read_column.php?cid=5059
舞妓の四季 祇園事始め (祇園商店街振興組合)
http://www.gion.or.jp/gion/maiko/05_fuyu_02.htm
北野天満宮
http://www.kitanotenmangu.or.jp/top.html
八坂神社
http://web.kyoto-inet.or.jp/org/yasaka/index.html
【参照リンクには、現在なくなったものがあるかもしれません。順次訂正してまいりますが、ご容赦ください。】
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